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概要

総社企業ガイド

井山宝福寺雪舟が涙で鼠の絵を描いたという伝説で知られる井山宝福寺は、臨済宗東福寺派の中本山で、多くの高僧を生み出している地方には珍しい大きな寺です。もとは天台宗の古刹で、鎌倉時代の貞永元年(1232)に当時の住職・鈍庵和尚が、現在の地に伽藍を建立したといわれています。その後、京都東福寺開山の円爾弁円(聖一国師)の教えに深く感銘し、弁円の弟子・玉渓を迎えて宝福寺を臨済宗に改めました。山陽道筋の布教の拠点寺として栄えた宝福寺でしたが、天正3年(1575)に起こった備中兵乱によって、三重塔や般若院など、わずかな建物を残すのみとなり、以後しばらくの間荒廃しました。江戸時代に入り、岡山藩・浅尾藩などの力添えと歴代住職の努力によって現在にみられる姿に再興されました。仏殿や方丈などの七堂伽藍を備えた境内は、禅宗特有の趣を感じさせます。雪舟七十一歳自画像(大阪・藤田美術館所蔵)雪舟(1420~1506)水墨画を大成した雪舟は応永27年(1420)、備中赤浜(現総社市赤浜)に生まれ、幼少のころ宝福寺で修行。その後、京へ上り、相国寺で禅を学びながら、水墨画家の周文のもとで画業の修行にも打ち込みました。さらに、山口の雲谷庵での創作活動を経て、中国(明)に渡り、水墨画を本格的に学びました。帰国後は、再び山口を拠点に各地を回り、数多くの作品を今に伝えます。永正3年(1 5 0 6)、8 7歳で生涯を閉じました。